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トップページ » kokkyu » MALOR――チェーンの技術史と、ブックがブックでなくなるところ

はじめに 説明する気のない説明

私の3DSロムには、MALORというブックが残っている。

セプターとして一番がんばっていた頃ーーー 宇宙一リーグオンラインチーム戦チェーンで私が使用した風ブックである。

別に有名なブックというわけでもないので多くのプレイヤーにとって別にさしたるものでもなかったかも知れない。

当時はそこそこMALORの模倣をしようとしたどういうわけか一定数いたけれど、その悉くは上手く回せず。さらに一年ほど経つと私自身にも使えなくなっていたという、今振り返ってみても少々扱いに困る代物である。

もちろん、カードリストを紛失したという話ではないし、ブックの基本的なコンセプトを忘れたわけでもない。個別のカードの用途や、構築に組み込まれている技術についてなら、今でもそれなりの説明ができる。

ただし、それを知っていることと、あのブックを実際に運用できることとの間には、かなり膨大な隔たりがあったらしいーー結果として私はしばらく後にはこのブックのプレイングを再現できなくなってしまった。

一般にブック解説というものは、レシピを公開したうえで採用カードの理由と運用方針を示し、適当な例を挟んで読者が使えるようにしてやるものなのだろう。なるほど親切なことであるし、攻略情報の共有という趣旨からすれば、むしろそのような書き方が望ましいのかもしれない。

しかしMALORに関しては、そうした説明書を書こうとすると困ったことが起こる。

前提となる個別技術を全部説明し、技術同士の相互関係を説明し、そのうえで対戦中に観察すべき事柄と操作の基準を説明しなければならないのだが、そこまでやっても、読んだ人間にそれが再現できるとは思えないのである。なにしろ作った当人が一年後に使えなくなっているのだから、これは説明書の品質だけで解決する話ではない。

もっとも、私自身が優れたブックの技術を世間に広く普及させてやろうという崇高な志を持っているかといえば、まったくそんなことはない。

技術は公に開かれてしまえば以降は公共財であり、その成果は広く共有され使われる。ついでに理解できない読者が現れた場合には書き手の不親切を責めることができる。実に素晴らしい世界観だと思うので、賛同される方々にはぜひその実現に尽力していただきたい。少なくとも私は、その事業の実施主体になるつもりがない。

では何を書くのか。MALORという五十枚を、どのような歴史と技術のうえに成立させたのか、その話をする。より正確には、チェーンというマップに対する初期の誤認があり、地援護の防御とドラゴン型による支配があり、その支配を可能にしていたゲーム時間をシステムトランスが破壊し、さらに風という忌避されていた属性へ資金循環、配置、歩法、干渉の技術を集中させた結果としてMALORが成立した、という一連の事情についてである。それぞれの技術はMALORが突然発明したものではなく、それ以前から私たちの間で検討されていたし、異なるブックで実験されていたものも多い。したがって、MALORだけを切り出してカード一枚ごとの採用理由を並べれば、そのブックについての説明はできても、そのブックが成立した理由は説明できないことになる。

もうひとつ先に断っておくと、本稿は、当時の全試合の再検証や統計的な優越性の証明を企図したものではない。最速十九ラウンドという記録と、一定の条件下で極めて強い競争力を持ったという評価を混同するつもりもないし、あらゆる四人戦で必ず勝つなどと主張する気もない。まして当時の対戦環境が後世のあらゆる環境にも適用できるなどという話を始めたら、歴史を扱うどころか、お伽噺を作ることになってしまう。ここで扱うのは、当時のチェーンに存在した条件のもとで、何が合理的な選択であり、その合理性の基礎をどこまで変更できたかという話である。

最初から最後まで面倒な文章になるだろう。分かりやすくするために重要な前提を切り捨てるつもりはないし、細かな説明を読まずにカードリストだけを持ち帰りたいという方のご要望には、たぶんお応えできない。まあ、そのような用途に向いたブックでないことだけは、最初に明示しておくこととしよう。

一 砂漠に水がない、という理解

チェーンについての最初の記憶は、やはり現金の不足から始まる。

全国大会でチェーンが用いられるという発表があり、マップが実際に配信されるより前に公式ガイドブックのデータをもとにした机上の検討が行われ、既存のどのマップに近いのか、過去の戦術がどの程度通用するのか、どのようなブックがこの形状に適応できるのか、といった議論が始まった。初期にこのマップを砂漠にたとえた仲間がいたが、あれはたいへん適切な表現だったと思う。なにしろ水、ではなく現金がない。

周回が長いので次の周回ボーナスまで時間がかかる。分岐が多く、通行料による収入も狙ったとおりには得られない。さらに当時の3DS環境ではマジックブーストに対する警戒からドレインマジックの投入量が多く、ようやく集めた現金を投資地点へ運んでいくというだけでも危険が伴った。現金が十分に供給されないので、配置やカード使用のコストが少し重いだけでブックの進行に影響が出る。そこで軽いクリーチャーを広く配置し、防御と開発の準備を進めるという発想が強くなったのだが、それは必ずしも各人の趣味嗜好だけによって選択された構築ではなく、マップとルールの組合せが要求した形でもあった。

ここで総魔力と現金を区別しておこう。現金は、そのままスペルやクリーチャーの使用、土地の取得、土地への投資といった後続の手順に使用できる。一方、土地に投資された資産は、総魔力という意味では同じ価値を持っていても、自由に支出できるわけではない。さらにマジックブーストによって得られる開発上の利益は、数値上の増幅としては非常に大きいが、それを手元の現金と同様に扱うことはできない。こうした区別を曖昧にしたまま収入カードの性能を比較すると、まことに景気のよい数字を並べたのちに、なぜか使いたいカードが使えないという状況に直面する。

私たちはマジックブーストの生み出す利益を疑似現金として扱った。言葉の区別が重要なのではなく、異なる資源を同一視しないことが重要だったのである。マジックブーストは投資のための大きな効果を提供するが、クリーチャーの配置費用や別のスペルの使用コストを払ってはくれないし、欲しい場所まで資金を運ぶ問題も解消しない。さらにそれを使用するためにも、一定の現金を持っていなければならない。大量の開発利益を発生させるカードを採用したのに、その使用に必要な手持ち現金が足りないという、なんとも情けない状況が起きるわけだが、カードが弱いのではなく、カードのもたらす資源とブックが必要とする資源とを正しく接続できていないのである。

初期のチェーンでは、ゲームが二十七、二十八ラウンド程度に及ぶと考えられていた。これは、長く遊べて結構なことですなぁ、という程度の話ではない。対戦時間についての見積もりが、何を強いブックと呼ぶかを規定するからだ。二十八ラウンドかかるという前提であれば、立ち上がりの遅いシステムでも、完成後に大きな盤面支配力を発揮できれば十分に投資を回収できる。他方、二十ラウンド前後で決着するなら、そのシステムが本領を発揮する以前に対戦が終わってしまう可能性が高い。この違いを見ないまま、カード単体の強さをいくら比較しても、ゲーム全体としての優劣を捉え損なう。

同様の問題は踏みにもある。長いゲームでは高額地が複数成立し、移動の試行回数が増え、どこかで大きな通行料の支払いが発生する余地が広がる。もちろん、それを自分が受け取れば嬉しいし、他人が支払えば喜ばしい場合もあるのだが、自分が振り込んでしまったり、第三者同士の踏みによってゲームが決定したりするのは、走っていた当人からすれば歓迎しがたい。踏みの発生をすべて運のせいにするのは簡単である。ただ、ゲームを後ろへ倒すほどその種の事件が発生する機会が増えるという構造は、ブック構築時点で考慮できることであるし、そこで時間を縮めることが一種の防御として機能する可能性もまた、検討の対象となる。

当初は、チェーンでは自走だけで勝ち切れないという認識も強かった。自分の資金循環だけで達成できないなら、ほかのプレイヤーとの交渉、通行料、侵略、その他の干渉や偶然に頼る部分が大きくなる。すると、一見するといろいろなブックが成立するようにも見える。誰が何を持ってきても、とりあえずそれなりに戦える、というわけである。しかし、実際には勝利までの資金循環が弱いという共通問題を、どの構築も違った形で抱えていただけかもしれない。多様な構築が見えることと、勝利のための合理的な選択肢が広いこととは、必ずしも一致しない。

この時代のチェーンにあったのは、現金の不足という制約だけではない。その不足を前提とするブックの選択があり、そのブックを前提とする対策があり、さらに対策の存在を前提とする防御や配置の仕方があった。したがって、現金を豊富にする技術が見つかったときに変化するのは、単なる収入枚数の話ではない。そこまで積み上がっていた環境の前提が、まとめて動くことになる。

二 硬さについて、もう少し不親切な説明を

チェーンの防御的な構築として、しぐれ氏の全国大会本、そしてその後のymp氏の大会本を挙げておきたい。いずれも地援護を中心に、盤面への配置と防御を合理的に組み合わせた構築であり、当時の環境において非常に大きな意味を持った。ここで理解しておきたいのは、援護クリーチャーは強いからたくさん入れましょう、という話ではない。そんなことで説明が済むのであれば、多層防御などという面倒な概念を持ち出す必要はない。

あるブックが十分に硬くなると、それに対する侵略は、たとえ理論上の成功可能性が残っていても、実際の選択肢から外れ始める。侵略する側にとって必要なカード、費用、配置位置、戦闘の成功率、失敗時の損失などを考慮すると、そこを殴るより別の土地へ向かった方がよい場合が増えるからだ。相手に攻撃されないという状態を生み出すために、絶対に負けない性能を用意する必要はない。ほかに攻撃する相手がいるなら、そちらを選びたくなる程度に自分が硬ければよい。

このような防御の成立条件は、単独のカードリストからは十分に説明できない。自分の硬さが同じでも、同席者の侵略能力と、その侵略能力がどこへ向けられるかによって、被害の期待は変化する。自分の防御が特別に強くなったわけでもないのに、別のプレイヤーが極端に脆弱であれば、場の侵略圧力はそちらへ集中しやすい。反対に、自分だけが脆弱であれば、同じ構築でも不相応な干渉を受ける。これはカードの絶対的な防御力ではなく、相対的な攻撃採算によって形成される状況的な防御である。

また、干渉カードは保有者の手札で眠っているだけなら、まだ何も破壊していない。使われて初めて盤面に効果を及ぼすのであり、使われる対象もまた、プレイヤーの判断によって選ばれる。極端に硬いブックを完成させておけば、そのブックを破ることにコストを投じるより、より柔らかい対象へ干渉を向ける方が合理的になる。この結果、自分に向けられるはずだった攻撃が他人へ向かい、自分はその干渉を受けずに済む。防御を強化する行動によって他人同士の干渉を促すのであれば、そこで作られた利益を防御カードの戦闘性能だけで評価するのは間違いである。

後に私たちが多層防御として整理した知識群は、このような状況防御を含んでいた。これは、いくつかの防御手段を組み合わせて耐久力を高めるという単純な話に限定されない。異なる軸線からの干渉に対してそれぞれ異なる拒否能力を持ち、ある干渉を行っても別の軸線からの優位が残り、相手が繰り返し手を出すこと自体を不合理にしてしまう、といった効果までを含めて考えるものである。以夷制夷という具体的な構築とも重なる部分は大きかったが、私たちの用いる多層防御は特定のカードの組合せだけに帰着するものではなく、構築とプレイングの知識群としての性質を持っていた。

これはなかなか優れた考え方だった。防御性能が一定の水準を超えると、攻撃されること自体が減り、その結果として防御カードを実際に消費する機会も減る。非常に合理的であるし、対戦相手にとっては非常に腹立たしい。せっかく侵略カードを用意したのに、攻撃しない方が得だというのであれば、いったい何のために用意したのか分からなくなる。もちろん、その攻撃は別のプレイヤーへ向かうので、構築時点で過剰な干渉カードを積んだ側がどれほど満足できるかについては、本人に聞いてみるほかない。

ただし、防御を積み上げることには当然コストがある。必要なカード枚数を増やせば、ブックのほかの機能に配分できる枠が減り、現金コストも増加し、目的のカードを引くまでに時間がかかる。とにかく硬くしておけばよいという戦略がどこまでも成立するわけではない。十分に硬い状態を完成させる以前に敗北するのであれば、その防御は優秀な美術品であって、勝つための道具ではない。

ここで長期戦のチェーンという条件が効いてくる。ゲームに時間がかかるのであれば、多層防御を完成させるだけの時間を確保できる。完成した後の耐久力によって長期的な安定性が高まるという設計は、当時のゲーム時間と矛盾しない。反対にゲームが短くなれば、同じ防御枚数は重荷になる。二十八ラウンドの世界で成立した防御が、二十ラウンドの世界では完成する前に決着してしまう。このことを理解しておかないと、後に登場する時間帯別硬度が、ただの手抜き防御に見えてしまうかもしれない。

三 ドラゴン型を殴ってはいけない

地援護によって完成した防御を正面から突破しようとすると、相応の戦闘能力と費用が必要になる。水グレンデルによる侵略には、こうした防御に対する回答としての意味があったが、そもそも現金が足りないチェーンにおいて、侵略のためにブックを重くすることには大きな問題が残された。目的の土地を奪えたとして、そのとき自分も相当に遅れているのであれば、残るプレイヤーに利益を与えただけかもしれない。四人戦における侵略とは、ある相手に勝つ行動であるだけでは不十分で、残る二人を含む勝利競争のなかで利益があるかどうかまで考えなければならない。なんとも面倒なゲームである。

そこへアール氏のドラゴン型が登場した。防御と侵略の両方を高い水準で実現し、広い範囲で地上戦を行うことができ、相手がレベル四や五まで育成した土地を奪って自分の連鎖へ組み込むという、当時の防御的な構築からするとたいへん厄介な性能を備えたブックである。ドラゴン型の優秀さについては個々の戦闘能力を称賛するだけでもかなりの文章量になるだろうが、ここでは、その能力が対戦の経済構造をどのように変えるかに着目したい。

他人が土地を取得する。他人が現金を用意する。他人が増資し、目標魔力へ向けた資産形成を進める。その結果として完成した高額地を侵略して奪い、自分の連鎖へ組み込む。これは相手の土地を一つ奪ったというだけではなく、相手が費やした資金と時間の成果を、自分の勝利手順へ取り込んでいるということである。通常の侵略ならば相手の資産を破壊することが主眼となる場合もあるが、ドラゴン型が完成した高額地を奪えるならば、相手の開発成果はそのまま自分の資産を増幅する材料になり得る。

困ったことに、守るだけでは対処にならない。地援護側は、守りを固めながら自分の土地を育てる必要があるのだが、育てた土地ほど奪われたときの損失が大きくなる。つまり、勝つために必要な開発を進めることが、ドラゴン型にとって有利な状況を作る危険を含む。一方で、ドラゴン型を倒すための戦闘力を確保しようとすると、こちらも重くなる。それでゲーム時間が延びれば、ますますドラゴン型に都合がよい。

ドラゴン型が長期的な地上戦で優れていたことと、初動が重かったことは両立する。というより、そのような性能を実現するために重さを抱えていたと考えた方が自然だろう。問題は、その重さが競争上の不利としてどこまで表面化するかである。当時のチェーンは二十八ラウンド以上を要する環境だったのだから、ドラゴン型は地上戦の優位を十分に発揮するまでの時間を得られた。最初の数ラウンドで相対的に遅れていても、終盤の優越性によって取り返せるのであれば、その欠点は致命的ではない。

こうしてドラゴン型は、3DS版の代表的な強力構築としての地位を確立した。水属性側では、グレンデルを主軸とする重い侵略よりも、イエティを利用して火属性に対する攻防を確保する方向が重視されるようになった。ここで考えるべきは、対策が成立したからドラゴン型の優位がなくなった、ということではない。あるブックを念頭に置いて、ほかのブックがカードの採用や構築の性質を変更しなければならないのであれば、そのブックはすでに環境の中心を占めている。対策を要求すること自体が、競争相手に負担を課すからだ。

このような構造のもと、チェーンの研究は概ね一年半にわたって大きな転換を得られなかった。もちろん、その間に何も考えられていなかったという意味ではない。個別のカードについて検討され、地上戦の方法が工夫され、対策は積み上がった。しかし、ドラゴン型が最も能力を発揮しやすい長期戦という枠組みを変更しない限り、その内部での改良は、どうしてもドラゴン型と同じ競争へ参加することになる。より強い侵略手段を作り、より強い防御を構築し、より高度な盤面支配を実現する。なるほど正攻法である。もっとも、相手が一番強いところで正面から競争してやる義務が、こちらにあるわけではない。

ここで何を解決すればよかったのか。ドラゴン型の地上戦能力に対抗するカードを探すことではなく、ドラゴン型がその能力を十分に実現するまでの時間を確保できない状態を作ればよかったのである。ゲームが二十八ラウンド続くならば、ドラゴン型は完成する。では、ゲームが二十一ラウンドで終わってしまったらどうだろう。さらに二十ラウンドを切るような競争が現れたらどうなるだろう。完成後の強さがどれほど高くても、完成しないうちに決着すれば、その性能は現実の勝利へ転換されない。

この転換を可能にした技術が、システムトランスである。

四 組み込みトランスが変更したもの

ランドトランスというスペルは、土地に蓄積した資産を現金化するための直接的な方法である。ところが3DS版では土地売却に伴って価格の一部が失われるようになり、スペルによる売却の効率は以前と同じではなくなったうえ、トランスを必要な時期に手札へ用意する問題もある。さらにマジックブーストが非常に強力な疑似現金の供給手段として登場したことで、従来のようにランドトランスを投入する動機は小さくなった。スペル枠を使い、手札で準備し、土地を経由して資金を動かすより、そのままマジックブーストで開発すればよいという発想は、少なくとも当時の理解として不合理ではなかった。

しかし、ランドトランスをブックに投入しないことと、土地を現金化する操作が不要であることとは違う。この区別がシステムトランスの入口になる。魔王を利用し、スペルとしてのランドトランスを装填せずに土地売却を組み込む方法が見出されたことで、土地資産から現金へ、さらに現金から別の土地の開発へという循環を、構築内部の手順として扱えるようになった。名称に「トランス」が含まれるからといって、単にトランスを別のカードで代用しました、という程度の理解で済ませるのは、少しもったいない。

そもそも、土地の売却による現金化とは何をしているのか。ある土地へ投入した現金は、その土地の資産価値へ転換される。資産価値を増やすために投資したのであるから、ここまでは普通である。だが、同じ現金を別の土地の開発へ使いたくなった場合、資産が土地に固定されていることが制約になる。そこで一度資産を売却し、現金として取り戻す。売却による差し引きは発生するとしても、取り戻した現金をより大きな価値の増幅へ接続できるならば、取引全体として利益を得られる余地がある。単に土地を失ったと評価するのではなく、その後の投資まで含めた手順として理解しなければならない。

この手順が成立することによって、チェーンの現金不足の性質が変わった。周回して資金を貯める以外にも、すでに形成した資産を次の資産形成へ回す方法が生まれたからだ。マナによる現金収入の補完も同じ方向に働いた。マジックブーストが提供する用途限定の巨大な開発効果と、マナやシステムトランスによって用意する自由な現金とを区別し、必要な時点で接続することにより、従来は時間を要した手順を前倒しできるようになったのである。

その結果、二十一〜二十四ラウンド程度でゲームを終える可能性が現実的になった。ここで数字を挙げたのは、数ラウンド早くなりました、という業績を披露するためではない。ゲーム時間が短くなることによって、従来は合理的だった選択肢の一部が不合理になり、逆にそれまで成立しなかった構築が成立する余地を得るからである。二十八ラウンド程度のゲームであれば終盤に完成する防御は有効かもしれないが、二十一ラウンドで終了するゲームに対しては、完成するより先に対戦が終わってしまう。ドラゴン型が強くなるのを待ってから戦う必要もない。むしろ待たずに終わらせることが、最も簡単な対処になる。

チーム枯三酔のメンバーはシステムトランスを採用していった。これは既存の強いブックに対する対策カードを一枚追加するという種類の変化ではなかった。対戦全体の所要時間を縮め、同じカードに対する評価基準を変更する、構築上の技術的転換だった。高速化によって長期戦用の侵略カードの機能率は低下し、ゲームが長引くほど発生機会が増える踏みに対する懸念も相対的に小さくなる。一方、短い時間内に必要なカードを引き、必要な土地を取り、必要な現金を用意して開発を終えるという、時間の精度が以前より強く要求されるようになった。

なお、システムトランスの登場ですべての問題が解決した、と言っているわけではない。現金化できる資産を先に用意する必要はあるし、売却後に何へ投資するかという問題も残る。売却を含む手順には、それ自体の順番とタイミングがある。手札、土地数、地価、移動位置、対戦相手の干渉可能性によって、同じ売却でも意味が変わる。システムトランスは自動的に勝たせてくれる装置ではなく、資金の流れを設計する際の自由度を増やした技術なのである。

むしろこの自由度こそが、その後の研究を面倒にした。現金を増やす方法が増えたなら、次はその現金をどの位置で、どの時間帯に、どの土地へ使用するのが最も合理的かという問題へ進む。疑似現金と実現金の区別を行ったところで話が終わるわけではなく、その区別を前提とした資金循環の設計が始まるのである。これはこれで、なかなか救いのない話である。

五 北に八十、南に百二十

チェーンは北側の城周辺に八十G土地があり、南側に百二十G土地が配置されている。この差を単なる土地取得費用の違いとして扱うならば、比較的安い北側の土地を優先して確保する理由はいくらでも見つかるだろう。実際、初期のチェーンでは城を通過したときに得た現金を、近くの八十G土地へすぐに投資するという選択が行われていた。現金を大量に持って南へ歩けばドレインマジックを受ける危険があるのだから、これはそれなりに合理的な危険回避である。

しかし、危険を回避することが最大の利益を生むとは限らない。土地の地価が異なれば、その土地へマジックブーストを適用した際の開発効果も異なる。南側の百二十G土地でのマジックブーストは、北側の八十G土地に対するそれより大きな増幅を期待できる。さらに目標魔力が七千Gであるという条件を考えるなら、一回の投資が目標全体に対して占める割合も大きく、達成手順の組み立てに与える影響は無視できない。

ここで、現金の問題が少し違った姿を取る。いくら現金を集めるかという問題に加えて、いつ、どこでその現金を利用可能な状態にしておくかという問題が生じるのである。城で得た現金をすぐ北側へ投資するなら、現金保有による危険は小さい。しかし、最も開発効率のよい南側へ資金を運ぶという選択を諦めている。一方、南側での開発を狙って現金を持ち運べば、途中でドレインマジックを受ける危険が増える。現金の保有が危険だからといって現金を持たなければ、今度は投資そのものができない。

この問題は、カード単体の収入性能では解けない。仮にマナを追加して平均的な現金収入が増えたとしても、必要なターンに必要な金額が手元に残っていなければ、所期の開発には接続できないからである。周回と移動にかかる時間、現金を受け取る時点と投資する時点の差、相手のドレインが行使され得る順序、土地の位置とそこへ到達する歩法までを含めて、資金循環を設計しなければならない。

システムトランスが与えた利益は、ここでも大きかった。土地資産として保有した魔力を、必要な時点で現金化することができれば、長い距離にわたって現金を抱え続ける必要を減らせる。マナを使うタイミングも、周回収入だけに依存する場合とは違ってくる。現金化と開発の間隔を短くできれば、その間にドレインマジックによって妨害される危険も小さくなる。もちろん、これらの操作が必ず安全だという意味ではない。資金が手元に存在する以上、他者からの干渉可能性は残るし、順番次第では都合の悪いタイミングも生じる。ただ、以前より現金保有期間の設計可能性が広がったのである。

言ってしまえば、北の八十G土地へ投資することは、その場で手元の現金を処理するうえでは合理的かもしれない。しかし南の百二十G土地を有効に開発することまで含めると、最適な資金運用とは限らない。これは「安全な投資をした」という局所的な正しさと、「目標魔力へ効率的に到達した」というゲーム全体の正しさの違いである。局所的な危険回避ばかりを積み重ねていても、勝つために必要な大きな増幅を逃してしまうのなら、それは安全な敗北へ向けた優秀な資金管理ということになる。

チェーンの研究において重要だったのは、このようにマップの地価構造と資金の時間構造を接続したことである。南側百二十G土地の価値を知っているだけでは十分ではない。その土地へ到達した際に、開発のための現金とマジックブーストの両方が利用可能でなければならない。システムトランスを知っているだけでも十分ではない。どの土地へ現金を回すことが最大の進展につながるかを理解していなければならない。個別技術が優れていても、相互に噛み合わなければ大きな利益を生まないという話の、これは最初の具体例である。

そして、この南北の地価差は、後に風属性特有の配置順序と接続されることになる。そこがMALORにとって非常に重要だった。

六 風が弱いなら、風を使えばよい

ここでようやく風属性の話になる。MALORは風ブックである。風属性というものは、当時のチェーンでは人気がなかった。というより、あまり積極的に採用したい属性ではなかったと言った方がよいかもしれない。防御面に不安があり、安定して土地を保持するという点では地援護などに見劣りする。現金が不足するマップで、わざわざ守りにくい属性を使う理由がどれほどあるのかと問われれば、普通はもう少し素直な選択を考えるだろう。

だが、ここで何をもって属性が弱いと言っているのかを整理しなければならない。風のクリーチャーが他属性の同水準のクリーチャーより防御性能で劣るという評価と、風ブックがチェーンで勝利する可能性が低いという評価は、まったく同じではない。前者は個別カードの能力比較から導けるとしても、後者は土地の取得位置、連鎖の形成、資金循環、相手からの攻撃採算などを総合しなければ判断できない。カードの性能が低いので勝てない、と言えば話は簡単だが、カルドセプトはカードの性能を採点するゲームではないのである。

さらに、風が人気を持たないという事実そのものに、別の価値があった。対戦相手に風ブックがほとんど存在しないのであれば、こちらの風土地を侵略して奪ったとしても、その土地を相手が自分の属性に合わせるためには追加の手順を要する。具体的には、自分の属性へ転換し、連鎖へ組み込むまでの間に、もう一度の行動機会を必要とする場合がある。相手にとって、土地を奪うことがそのまま開発済みの有効資産を獲得することにはならない。奪っただけでは連鎖の価値を十分に回収できず、さらに手間と現金を支払わなければならないのである。

侵略の採算は、戦闘で勝てるかどうかだけで決まらない。侵略に必要な費用、手札の消費、奪った土地を有効な連鎖に組み込む費用、そしてその行動をしている間に他者が進める開発を考慮する必要がある。風の土地は戦闘では落としやすいかもしれないが、落としても得になりにくいのであれば、対戦相手にとって優先順位が下がる。強い防御カードを使用する代わりに、相手の侵略を経済的に魅力のない選択へ変える。これは多層防御で扱った状況防御と同じ系列の発想である。

特にゲーム時間が短縮されるほど、奪った土地を自分の属性へ転換するための追加の一手は重くなる。二十八ラウンドのゲームと十九ラウンドのゲームでは、一ラウンドの意味が異なる。前者なら余裕をもって処理できた追加手順も、後者ではそのまま達成へ向かうための時間を奪う。侵略して土地を得ても、相手の勝利を止める前に自分が遅れてしまうなら、その侵略は競争上の解答になっていない可能性がある。風が他属性よりも戦闘で優れている必要はない。風土地を殴るためのコストが、競争全体のなかで割に合わなければよいのである。

もちろん、この論は風ブックがほかにいないという前提に依存している。相手も風ならば、奪った土地を自分の連鎖へ組み込むための負担は小さくなり得る。そうなれば、風の不人気に由来した防御上の利益は薄まる。言ってみれば、風ブックが弱いと思われ、誰も使いたがらない環境であるからこそ、MALORの風土地には独特の防御性能が付与されていた。この意味で、MALORの優位は対戦環境に対して無条件ではない。

ここは、MALORを最強と呼ぶ際に最も気を付けたいところでもある。もし同じ構築が広くコピーされ、風ブックが増えたなら、その優位を支えていた環境条件は自ら損なわれる。ある構築が強いからといって誰もが同じ構築を使うようになれば、最初の構築が置かれていた環境とは違う環境が成立する。強さが模倣を招き、その模倣によって強さの一部が失われる、というのは競争上まことによくある話だが、MALORの場合はこの構造が非常に分かりやすかった。

さらに面白いことに、MALORには模倣を阻む別の障壁があった。カードリストを真似ても、その性能を十分に引き出すことが非常に難しかったのである。したがって、仮にMALORの強さが認識されても、同じ風ブックが大量に増えるとは限らない。模倣困難性それ自体が、風の不人気という競争環境を維持する方向に働いた可能性がある。ただし、これは理論上の関係についての解釈であって、模倣者の数と環境変化を計測した結果として述べているわけではない。そこは区別しておきたい。

そして、風の不人気だけではMALORの説明にならない。奪われにくい理由を見つけても、そもそも土地を確保し、連鎖を形成し、勝利へ到達できなければ何の意味もないからだ。風に特有の配置順序は、その問題に対する別の回答だった。

七 配置、八歩、配置

チェーンの風属性には、配置してから八歩進み、再び配置することで二連鎖が成立するという地形上の特徴がある。ここで八歩という数字を単なる偶然の配置間隔として見てはいけない。移動を支援するカードと組み合わせることで、広い範囲へ無差別にクリーチャーを撒かなくても、必要な二つの土地を比較的早い段階で確保する見通しが立つからである。どこでもよいから土地を増やすという発想と、必要な土地を必要な順番で確保するという発想の違いが、ここに現れる。

当時のチェーンでは、軽い援護クリーチャーをばら撒くことで盤面の占有率を高める方法が有効だった。土地数を増やせば連鎖候補も増えるし、後の開発先を確保できる可能性も大きくなる。しかし、土地を多く持つことは現金コストを生み、必要なカードの枚数を増やし、他者からの干渉や土地数への課税を受ける理由にもなる。無差別な配置には、その時点で明らかな効果のほかに、後から引き受ける負担がある。

MALORでは厳選配置を志向した。欲しい土地を取り、それらを連鎖へ結び付ける。これは土地数を少なくすること自体を目的とするものではない。目標魔力へ到達するために必要な配置を、余計な費用や行動を極力加えずに行うという発想である。土地を取らない方が偉いのではなく、取った土地が後の手順にどのような価値を持つかを重視している。あまりに当然の話だが、現実のゲームでは「置けるから置く」という行動が頻繁に発生するので、あえて言っておく。

この配置順序を実際に成立させるうえで、ホーリーラマの役割は大きかった。歩法を調整し、必要な地点へ到達する可能性を高め、とりわけ南側の土地を確保するための移動技術と接続できるからである。南の百二十G土地のマジックブースト効率が高いという理解があっても、そこへ適切に到達し、土地を確保できなければその知識は絵に描いた餅である。ホーリーラマによる移動、風の配置間隔、南側の地価、資金の現金化が、ここで初めて同じ勝利手順を構成し始める。

重要なのは、これらを独立した長所として数えないことである。ホーリーラマは便利な移動クリーチャーであり、風の土地配置には都合のよい間隔があり、南側の土地はマジックブースト効率が高い。以上三つの長所があります、という説明では、MALORの構築論はまだ始まってもいない。それぞれが次の技術の成立条件を作り、別の技術の負担を減らしているところに意味がある。都合のよい移動ができるから厳選配置が成立し、厳選配置でも必要な連鎖を作れるから大量配置を必要とせず、大量配置をしないことが後述するランドドレインとの相性を高め、少ない配置からでも南側の高地価土地へ開発を集中できるから、短いゲーム時間で勝利へ到達できる。

もちろん、移動と配置を計画したからといって、常に同じ順序で土地を取得できるわけではない。ダイス、他者の配置、手札の供給などによって、必要な土地が先に埋まってしまうこともあるだろうし、配置計画そのものを修正する必要が生じることもある。だが、だからこそ、配置を単に数の競争としてではなく、資金循環と歩法の接続として考える価値がある。どこへ進めば土地が増えるかではなく、どの土地を取れば後の勝利手順が短くなるか、という問題である。

また、土地を取ることと守ることの関係も変わる。大量配置した土地を一つずつ防御するという設計に対して、厳選配置では少数の重要な土地を必要な時間帯に守ることが中心になる。もっとも、重要な土地だけを確保しているからといって、そこを絶対に落とされては困るという話に直ちになるわけではない。相手がその土地を落とすことにどれほどの利益を見いだすか、また相手がそれを落とすためにどれほどの費用を負担するかによって、必要な防御の水準は変わる。風という属性の弱さと、風という属性の不人気が同時に存在することを、ここでも忘れてはならない。

八 時間帯別の硬度と影踏み

風属性の防御能力がそれほど優れていないことについて、もう少し考えよう。弱いのならば防御カードを増やせばよいという対応は、もちろん可能である。だが、防御を厚くすると、配置と資金循環のためのカードが減り、手札のなかで使用すべきカードが競合し、現金コストも高くなる。高速化によってゲーム時間が短くなった環境では、序盤から終盤まで十分に硬いブックを維持するための負担が、そのまま勝利速度を損なう。すると、守るために遅くなり、遅くなったために長く攻撃を受けるという、いささか間の抜けた循環が成立する。

この問題に対して、私たちは時間帯別の硬度を検討した。ブックが対戦の全期間にわたって同じ防御能力を持つ必要はなく、危険な時間帯に必要な水準の防御を成立させればよいのではないか、という発想である。ここで危険な時間帯とは、必ずしも暦のように固定された何ラウンド目から何ラウンド目までを指すわけではない。自分の土地が高額化し、勝利の可能性が具体化し、相手がそこへ干渉する利益を見いだす時間帯である。重要な土地がまだ完成していない段階では、そこへ強力な侵略を向けられる必然性が小さい場合もあるし、他者にとってより魅力的な対象が存在する場合もある。

従来の多層防御は、硬さを実現することで他者の干渉を逸らす技術だった。その理解をさらに進めるならば、防御の必要性が低い段階では、構築内部に大量の防御手段を抱えなくてもよい可能性が出てくる。重要なのは、必要な時点で必要な硬さを作れるかどうかである。もちろん、手札や配置の都合で硬さが間に合わなければ失敗するし、相手がこちらの都合に合わせて攻撃を待ってくれる保証もない。しかし、常時十分な防御を保つという要求を捨てることで、速度のために割ける資源が生まれる。

この時間帯別硬度の成立には、別の防御手段を併用する必要があった。その一つが、メルさんによって発見され、影踏みと名付けられた歩法である。ST要素を持つプレイヤーの後ろを追いかけるように移動し、そのプレイヤーが自分へ侵略能力を向けにくい位置関係を作る。通常、歩法は土地の確保や周回効率から考えることが多い。より速く周回する、必要な土地へ到達する、欲しい方向へ進む。そうした移動の選択を、侵略に対する防御のために変更するという発想には、従来の配置効率の議論とは異なる意味があった。

侵略の対象となる位置へ自分の土地を置かなければ、侵略能力が強い相手であっても、その能力を自分に行使することはできない。少なくとも、行使するためには余計な移動や別の手段が必要になる。言ってしまえば、防御カードによって戦闘に勝つのではなく、相手が戦闘を起こす機会を減らすのである。これもまた状況防御に属する技術であり、しかもブックの防御枚数を増やす必要がない。もちろん、移動による防御には配置順序や現金収入を犠牲にする可能性があるので、どんな状況でも有利になるという話ではない。そこで問題になるのが、影踏みによって得られる防御上の利益と、移動の変更によって失う経済上の利益を、どのように比較するかということである。

MALORでは、この歩法が風の配置幾何と接続される。風の二連鎖を成立させるための移動、南側土地を取得するための移動、侵略能力のあるプレイヤーに対して被害を受けにくくするための移動が、同じ移動選択のなかで競合する。すべての目的をいつでも同時に達成できるわけではないが、個別に最適化すればよいというものでもない。配置だけを考えた歩法は防御を破綻させるかもしれず、防御だけを考えた歩法は必要な土地を取得できなくなるかもしれず、周回だけを考えた歩法は南側の開発機会を逃すかもしれない。それぞれの局所的な正解が、全体としては間違いになる余地が大きいのである。

ここまでの話を踏まえるなら、MALORが風の弱さを補ったという表現さえ、いささか不正確になる。補ったというと、防御力の低いクリーチャーに防具を与え、ほかの属性と同程度に硬くしたように聞こえる。しかし実際に行っていたのは、相手に攻撃する利益を与えないこと、そもそも攻撃する位置へ近づかせないこと、最も危険な時間帯だけ必要な防御を完成させること、そして攻撃に必要な現金を確保しにくい状況を作ることだった。後者の現金に対する干渉については、次に詳しく述べる。

常時硬くないから弱い、という評価は、常時攻撃されるという条件を暗黙に仮定している。しかしカルドセプトの四人戦で、ある一人がほかの三人全員から常時最大の圧力を受けるわけではない。誰がどこへ攻撃するかは、相手にとっての利益と手段の有無によって変化する。であれば、自分が攻撃される確率を下げ、攻撃される時間帯を短縮し、その時間帯だけ防御を用意するという設計は十分に検討に値する。ここでは強さを単なる戦闘の数値としてではなく、他者がその戦闘を選択する条件まで含めて扱っている。

ただし、その設計が複雑になることは避けられない。厚い防御を最初から用意する構築ならば、一定の効果を得るための手順は比較的単純である。必要なカードを引き、必要な土地へ置き、必要な防具を保持する。一方、MALORでは、防御を厚くしないという決断をするために、他者の手札と位置と資金を読まなければならない。見かけ上は防御カードが少なくなっているのに、それを使う乗り手へ要求される仕事は増えている。構築を軽くすることと、プレイングを軽くすることは違うのである。

九 ドレインとは、現金を奪うカードであるか

さて、ドレインの話をしよう。これは私がMALOR以前から延々と考え続けていた領域であって、少なくともコトトイの頃から、現金への干渉が相手の行動に何をもたらすのかを試していた。現金を多く持つ相手へドレインマジックを撃てば、多くの現金を得られる。そんなことはカードの説明を読めば分かるので、改めて研究するほどの内容ではない。問題は、現金を奪われた側がその後どのように行動を変更するか、そして、現金を奪うという行為が盤面全体の競争条件をどのように変えてしまうかである。

例えば、侵略を中心とする重いブックがあるとする。強力なクリーチャーと侵略のための支援カードを揃え、それらを使用するだけの現金を用意して、ようやく地上戦の優位を実現する。そのプレイヤーに対して現金攻撃を行えば、単に手持ち魔力が減るというだけでなく、予定していた侵略そのものを実行できなくなる可能性がある。必要なカードは手札にあるのにコストを支払えない。土地を取ったとしても次の配置ができない。資金を回復するために余計な周回を要求され、その間にほかのプレイヤーが開発を進める。さらに現金が不足すれば資産の売却を強いられる場合さえある。これは、侵略で直接土地を奪うよりも、軽い支出で相手の地上戦能力を無力化する可能性を持っている。

同じ金額を奪っても、相手のブックによって影響は異なる。もともと現金をほとんど必要とせずに動く構築から百Gを奪っても、さほど大きな問題にならないかもしれない。一方、次のカード使用に必要な費用をぎりぎり用意したプレイヤーから同じ百Gを奪えば、予定されていた行動が丸ごと消えるかもしれない。収入額だけを見るなら同じ百Gである。しかし、ゲーム全体への効果はまるで違う。ドレインの価値を奪取額から評価しようとする理解が、そもそも不十分なのである。

逆のことも起こる。現金を多く保有するプレイヤーがいたとして、その現金をいま奪うことが自分に有利とは限らない。現金を奪ったことで相手が増資できなくなり、結果として別のプレイヤーが危険なトップに立つこともある。相手が大きな土地を完成させることで第三者の干渉を呼び込むはずだったのに、こちらが先にドレインを撃ったため、その干渉が自分へ向かうかもしれない。自分の収入だけを最大化した結果、盤面全体のバランスを自分に不利な方向へ動かしてしまうのであれば、そのドレインは優秀な収入スペルであっても優秀なプレイングとは限らない。

私が以前から「走ってもらう」という言い方で考えていたのも、この種の問題である。誰かが危険な速度で資産を増幅しているとき、手元の妨害をすぐ使うことが常に正しいわけではない。そのまま少し走ってもらうことで、別のプレイヤーが持っている干渉の行使先が変わる場合がある。ある人が大きく浮けば、その人を止めようという判断は第三者にとっても合理的になり、自分がカードを消費することなく相手への妨害が発生する。もちろん、そのまま走り切られたら失敗である。その危険を承知で、どこまでなら走らせてもよいかを考えることに意味がある。

このような操作は、四人戦であることを前提とする。一対一なら、相手を妨害するためには自分が相手へ干渉するほかない場合が多い。しかし四人戦では、ほかのプレイヤーもそれぞれの利益に従って動く。自分が相手の状態を少し変えれば、第三者がその相手に手を出すようになるかもしれない。他者の合理的な行動を利用できるならば、自分のカードと現金を消費せずに、欲しかった干渉を実現できる。もちろん、他人は自分の部下ではないので命令には従わない。従わせる必要がない状態を作る方が重要になる。

ドレインの研究が、収入額の最大化という単純な話にとどまらなかった理由はここにある。現金を奪うことで相手の行動を変える。現金を奪わないことで相手の行動を変える。さらに、第三者から見た標的の魅力を調整することで、ほかのプレイヤーが持っている妨害の使われ方を変える。こうした選択肢が存在するなら、同じドレインマジックをブックに入れていても、操作できる範囲は乗り手によって大きく異なる。

MALORでは、この研究にランドドレインが深く接続された。ドレインマジックだけで現金を攻撃するのではなく、現金と土地数という異なる資源に別々の圧力をかけるのである。これによって、各プレイヤーが選択できる行動の範囲を、単なる現金収入以上に狭めることが可能になった。

十 現金を持つな、土地を持つな

ドレインマジックは、現金を多く抱えているプレイヤーへ強い圧力を与える。今のうちに増資してしまおう、現金のまま持ち歩くのは危険だ、という行動を促すことができる。これは、そのカードが実際に使われたときだけに生じる効果ではない。手札にドレインマジックが見えているだけでも、ほかのプレイヤーは現金の保有に慎重になる。現金を攻撃するカードは、現金を保有するという選択肢の価値を低下させるのである。

ところが、そこで現金を土地へ投資し、土地数を増やす方向へプレイヤーが動いたなら、今度はランドドレインが問題になる。ランドドレインは土地を多く保有するプレイヤーに対して強い圧力を与えるので、土地の数を増やして資産形成を進めることにも負担が発生する。誰も土地数最多のプレイヤーにはなりたくない。たくさん置けばよいというばら撒き戦術は、それまで持っていなかったはずの負担を背負うことになる。

ここで重要なのは、現金を持っているプレイヤーをドレインマジックで叩き、土地を多く持っているプレイヤーをランドドレインで叩けば儲かります、という小学生でも思いつきそうな話ではない。二つのカードが同時に環境へ存在することで、プレイヤーが資源をどの形態で保有するかという意思決定そのものが変わるのである。現金を持てばドレインマジックが嫌だ。だから土地へ投資する。だが土地を増やせばランドドレインが嫌だ。では土地を増やさず現金を保持するのか。そうすると、またドレインマジックの問題へ戻る。

現金と土地という二つの資源を、どちらか一方へ移せば安全になるような状況ではない。資源の置き場所を変えることで別の負担が発生する。相手の行動を一つに決めてしまうわけではないが、取り得る行動のいずれにも課税するような圧力が生じる。この意味で、ランドドレインとドレインマジックは単に似たカードを二種類入れているのではなく、相手の資源管理を別々の方向から挟み込む関係にある。

こうした挟み込みは、自分一人が両方のカードを持っていなくても成立し得る。自分がランドドレインを使用する構築を選択し、ほかのプレイヤーがドレインマジックを持っている場合でも、その二種類の圧力は同じ盤面に存在するからである。しかも、相手がこちらと明示的に協力する必要はない。相手は相手なりに合理的なドレインを撃つだけでよい。こちらも自分の利益のためにランドドレインを使う。その組合せによって、どちらのカードも持っていないプレイヤーが大きな負担を抱える可能性がある。

私たちはこうした合わせ撃ちについて、マトリクスとして整理していた。誰がどの種類のドレインを持ち、誰が持たず、土地数と現金をどの程度保有しているかによって、各プレイヤーへ課せられる負担が異なる。もちろん、その全組合せをここへ書いてやるつもりはない。マトリクスの表だけを眺めて分かったような気になるのであれば、実戦で相手が何をしたがっているかを読むという、最も重要な部分が抜け落ちるからだ。

この技術が特に厄介なのは、自分自身がその圧力に対して比較的強い構築を選択できる点にある。MALORは必要な土地を厳選して取得するため、広く土地をばら撒くブックほどには土地数への圧力を受けにくい。資金循環を前倒しし、必要な現金を必要な時点で用意して支出することで、現金を長く持ち歩く負担も減らせる。他人にとっては土地を持つことも現金を持つことも嫌な環境を作り、自分はその負担が比較的小さくなるように構築しているのである。

これは、相手の資源を奪うという直接的な攻撃より広い効果を持つ。他者の配置が遅れれば、自分が必要とする土地を確保しやすくなる。侵略用の現金が枯れれば、風の脆さを突かれる危険が小さくなる。現金を持ち歩くのが嫌だからと北側の低地価土地へ早めに投資してくれれば、相手は南側の高地価土地を利用する効率的な開発から遠ざかるかもしれない。逆に現金を持ち続ければ、ドレインマジックの対象として魅力が高まる。どちらに進んでも、それなりに困っていただける。

当然、対戦相手にとっては迷惑な話である。しかし、ここで実現したいのは迷惑をかけることではない。相手が望む資金循環を阻害し、その結果として自分の勝利手順へ必要な時間と資源を確保することである。妨害をするために妨害しているのではなく、自分の高速達成を成立させるために、他者の合理的な選択肢を削っている。ドレイン系のカードを評価するときに、この目的と手段の関係を逆転させると、ただの嫌がらせ専門ブックになってしまう。

十一 金のない人間から金を奪う

ここで一つ、ドレインの使い方について具体例を挙げておく。あまり多くを説明する気はないのだが、この例くらいは出しておかなければ、MALORの操作について何を面倒がっているのか伝わらないだろうからである。例えば、前半戦においてドレインマジックの使用コスト程度しか現金を持っていないプレイヤーがいるとする。このプレイヤーは手元の現金が不足しており、以後の配置や開発に必要な資金を用意したい。手札にドレインマジックがあるのであれば、それを使用して当座の現金を得たいという動機が生じる。

そのとき、こちらが現金不足の別のプレイヤーにランドドレインを撃つ。ここだけ切り出してみれば、より多くの現金を奪える相手へ撃った方がよいのではないか、という疑問が生じるかもしれない。少なくとも収入額を重視する通常の評価では、現金の乏しい相手は魅力的な標的には見えない。だが、この一手の目的が収入額の最大化ではなく、ほかのプレイヤーのドレインマジックを別の標的へ向けることにあるなら、評価はまったく変わってくる。

ランドドレインはスペルターンに使うカードである。その後、こちらは現金コストの重い魔王を配置する。ランドドレインによって得た現金は、同じターン内の配置費用として支出されるので、こちらが多額の現金を抱えたまま相手へ手番を渡すとは限らない。一方、別のプレイヤーは現金を保有している。ドレインマジックを保持するプレイヤーは、当座の資金を得る必要があり、そのためにドレインを使用したい。そしてそのドレインの標的として、現金を多く持つ別のプレイヤーが存在する。さて、次に何が起こるだろう。

もちろん、絶対にそうなるとは言わない。他者の手札には別の選択肢があるかもしれないし、標的となるプレイヤーの行動によって現金の保有額が変わることもある。それでも、ドレインマジックを使いたい者に、十分に合理的な使用先が用意されていれば、こちらが直接何かを指示する必要はない。本人は本人の資金需要に従って行動するだけであり、結果としてこちらが受けたくなかったドレインマジックは別のプレイヤーへ向けられることになる。

ここにあるのは、カードの効果を理解するだけでは再現できない操作である。ランドドレインによって何G得られるか、魔王の配置費用がいくらか、ドレインマジックを撃つとどの程度収入が生じるか、といった個別の数値を知っていればよいという話ではない。ドレインマジックを持つ相手が現金を必要としていること、その相手がドレインを使用したい状況にあること、自分がその時点で現金を持ちすぎないこと、別のプレイヤーが標的として魅力的であること、その一連の操作のなかで魔王の配置が自分の開発手順とも矛盾しないこと、という多数の条件を同時に見なければならない。

しかも、魔王の配置はドレイン回避のためだけに行う無駄な支出ではない。もともとシステムトランスを構成するために必要なクリーチャーを配置するのであり、その費用の支払いが同時に現金調整として機能する。この点が重要である。仮にドレインマジックを避けるために不要なカードを使用し、必要のない土地を取るのであれば、こちらも相応の損失を負担することになる。しかし、本来の勝利手順を進める行動によって同時に標的の魅力度を変えられるのであれば、余計な負担は小さくなる。手順の一つが、資産形成と相手への干渉誘導という二つの役割を持っているのである。

このような操作を、カードの使い方として記述することはできる。現金不足の相手へランドドレインを撃ち、魔王を配置しましょう、と書けばよい。だが、まさかそれを読んだ人間が、次の対戦で無条件に同じことを繰り返して勝てるとは考えまい。相手が資金を欲しがっていなければ意味が薄い。ドレインマジックがなければ第三者の誘導は起こらない。ほかに現金の多い標的がいなければ、むしろこちらが撃たれるかもしれない。魔王の配置が自分の必要な手順に接続しなければ、余計な支出になってしまう。いつ使うか、誰に撃つか、その後の配置でどれだけ現金を減らせるか、といった判断が成立条件そのものなのである。

それにもかかわらず、ブック紹介という形式に落とし込んだ途端、「ランドドレインで現金を獲得し、魔王を配置してドレインマジックを避ける」といった、たいへん便利な解説文が出来上がる。便利ではあるが、間違っているわけではないのに、本質的な部分がほとんど抜け落ちている。こちらが制御したいのは自分の現金保有額ではなく、対戦相手が合理的に選択する行動の行き先である。自分の現金を調整することは、そのための手段の一つにすぎない。

この意味で、ランドドレインが多額の収入を得られるときにだけ強いと考えているなら、MALORのドレイン運用はおそらく再現できない。収入額の大きい相手へ撃って満足した結果、こちらが相手のドレインマジックを引き受け、あるいは本来第三者が受けるはずだった妨害を自分に向けてしまうのであれば、差し引きの損得は怪しいものである。自分の一手だけを見れば正しく、ゲーム全体では間違っている。この手の事象がカルドセプトに多いことについては、いまさら言うまでもない。

さらに、相手がドレインマジックを使用して現金を得ること自体にも、その後の影響がある。現金を得た相手は新しい配置や投資を行えるようになるし、その結果、次の標的が変わる場合もある。ランドドレインを撃たれたプレイヤーは土地数と現金の関係を考え直すかもしれず、現金を奪われたプレイヤーは予定していた開発を変更するかもしれない。こちらが望む結果は、目先の一発が誰に当たるかだけでなく、それによって次の数ラウンドの盤面の傾きがどう変わるかという問題へ接続される。だから、この種の判断は定型的な手順表に落とすことが難しいのである。

もちろん、私があらゆる手番でそうした計算を明示的に列挙し、数式を解いていたというわけではない。実戦の判断とは、長い時間をかけて形成された認識の体系をもとに、さまざまな条件を同時に扱うものである。だからこそ、当時の私には朝飯前にできたことが、あとになって自分でもできなくなった。この例は、一つのカード運用について話しているようで、実際にはMALORを使用する技能の性質をかなりよく示していると思う。

十二 インテグラルなブックという説明の限界

ここまでの話を聞けば、MALORは複数の技術を高度に統合したインテグラルな構築だった、というまとめ方ができそうである。なるほど、経営学や組織論の語彙を借りるなら、その表現はそれほど間違っていない。個別に存在した技術が相互補完し、一つの機能を実現するためには別の技術が必要になり、一箇所の変更が複数の機能へ影響する。部品の交換が容易なモジュラー型ではなく、全体の関係を調整しなければ性能を引き出せない構築だったと言える。

ただし、インテグラルである、と呼んだところで説明が終わるわけではない。その語は、どのような相互依存が存在していたかを説明するための入口であって、便利な褒め言葉として掲げるためのものではない。ある部品が別の部品へ影響します、というだけなら、カードゲームのブックはおおむね全部そうである。MALORの特徴を語るのであれば、どの機能が何を成立させ、その結果としてどの制約が解除され、解除された制約によって別の機能の価値がどう変わるかまで示さなければならない。

例えば、風属性の不人気は、相手が風土地を奪っても自分の連鎖へ組み込みにくいという条件を生み、侵略の採算を低下させる。しかしそれだけでは、風ブックが速く勝てるわけではない。配置して八歩進み、再配置によって連鎖を作れる地形と、ホーリーラマによる移動の補助が接続されて、少ない配置から必要な土地を得ることができる。必要な土地を厳選するからこそ、ランドドレインによる土地数への圧力を他者へ課しつつ、自分の負担を比較的小さくできる。さらに、マナとシステムトランスによって現金を用意し、それを南側百二十G土地への開発へ接続することで、短いゲーム時間のなかでも勝利へ到達する可能性が生まれる。

では、十分な防御がないという問題はどうするのか。ここで影踏みと時間帯別硬度が機能する。常時大量の防御手段を抱えずに済むから、配置と資金循環のための構築を重くしなくてよい。ゲームが短くなるのであれば、侵略を受ける時間も短くなる。さらにドレイン系のカードで相手の現金を圧迫できれば、重い侵略手段を実行するための資源を削ることができる。風属性の相対的な脆さは、戦闘性能を直接上げることで消滅したのではなく、攻撃される機会、攻撃する理由、攻撃を実行する能力をそれぞれ減少させることで管理されたのである。

ここで、何か一つを取り除いてみよう。仮にシステムトランスがなければ、ゲーム時間の短縮が難しくなり、ドラゴン型などの長期戦用の優位が回復する。ホーリーラマによる移動がなければ、必要な風連鎖や南側の土地を狙ったタイミングで確保することが難しくなるかもしれない。厳選配置を捨てて大量配置へ戻せば、ランドドレインが自分にも大きな負担となり、カード枚数や現金が不足する。防御を厚くすれば速度を損ない、防御を削るだけなら侵略に耐えられない。ドレイン系を単なる収入カードとして扱えば、他者の資金循環を抑制するという機能が失われる。風以外の属性へ変更すれば、配置幾何と属性の不人気に由来する利益を失う可能性がある。

いずれも絶対的に不可能になる、という話ではない。別のカードや技術で補える場合はあるだろうし、別の対戦環境ではその方が合理的なこともある。しかし、MALORの成立を説明するために個別の技術を切り離すと、どの条件のもとで性能を発揮していたのかという点が抜け落ちる。カード一枚を別のカードに差し替え、単独の性能比較では改善したように見えても、それがブック全体の勝利速度や防御性能を改善するとは限らないのである。

さらに問題なのは、ここまでが構築上の統合にすぎないことだ。カードの配分や配置の計画を説明したところで、まだ実戦で他者をどう動かすかという問題は残る。盤面によって適切なドレインの標的は変化するし、影踏みのための歩法と土地取得のための歩法も競合する。南側土地へ投資するために現金を保持するべきか、それともドレインマジックを警戒して先に資金を処理するべきかも局面次第である。ある技術にとって都合のよい選択が、別の技術にとっては悪い選択となる場合もあるので、乗り手はそれらを同時に調整しなければならない。

したがって、MALORのインテグラル性を語るなら、構築という静的な技術体系と、プレイングという動的な技術体系を区別する必要がある。前者はカードリストに一定の痕跡が残る。少なくとも、なぜこの種類のカードが必要だったのかをあとから推定する手掛かりにはなる。一方、後者は実戦での判断を記録していなければ、カードリストから再現することが難しい。しかもその判断は、相手のカードと資金需要と意思決定に依存するのだから、一般的な正解を一つ提示するという方法では保存できない。

少々厄介なことに、この二つは互いに独立しているわけでもない。構築が軽くできたからこそ乗り手に難しい防御判断を要求するし、乗り手が他者の資金循環を操作できるからこそ構築上の防御を削ることができる。プレイングの技術が構築の自由度を増やし、構築の自由度がプレイングの操作対象を増やしているのである。だから、カードリストだけを真似た人間が同じ性能を得られないことには、何の不思議もない。必要なものの一部だけを複製しているのだから。

十三 十九ラウンドという数字の取り扱い

MALORは最速十九ラウンドという速度に到達した。ここまで長々と話してきたのだから、少しくらい分かりやすい数字を出しても罰は当たるまい。初期には二十七、二十八ラウンド程度を要すると考えられていたチェーンで、二十ラウンドを切って勝利へ向かう手順が実現したのである。この差は、単なる記録の更新として見るよりも、その間に何が変更されたのかを考える材料とする方が面白い。

ただし、最速十九ラウンドという記録と、いつでも十九ラウンドで勝てるという主張は違う。十九ラウンドという数字から平均達成速度を推定することもできないし、勝率を直接計算できるわけでもない。ゲームの展開によって手札とダイスは異なり、土地取得の競合も発生し、他者の妨害がどのように行使されるかも変わる。この程度の区別はしておきたい。数字が一つ出ると、すべての議論をその数字に帰着させようとする人が現れるが、それで議論が簡単になるのは、たいてい必要な情報を捨てたからである。

重要なのは、十九ラウンドという速度が、どのような代償のもとで実現したのかということである。全期間にわたる防御性能を最大化することを諦め、必要な時間帯に防御を集中する。配置数を必要以上に増やさず、風の連鎖形成と南側の高地価土地の開発に資源を集中する。現金を長く保有する負担を減らすために資産売却を組み込み、ドレインによって相手の行動を抑制する。そして侵略の採算を悪化させるために、人気のない風属性を選ぶ。こうした個別の選択を総合した結果として速度が得られたのであって、速度だけが独立して存在していたわけではない。

また、ゲームを短くすること自体が、ほかの技術の価値を変える。二十八ラウンドのゲームでは、相手が強い侵略手段を引き、必要なカードを揃え、こちらの高額地を狙う機会が何度も存在する。一方、二十ラウンド前後のゲームでは、同じカードを引ける期待回数は少なくなり、狙った組合せを成立させる猶予も短くなる。必要な防御を限定して構築を軽くすることが成立しやすくなるし、土地を奪ってから自分の連鎖へ組み込むための追加手順も相対的に重くなる。さらに、高額地が乱立して踏みによって決着する機会も、長期戦よりは小さくなると考えられる。

これは、いわば速度が速度を支えるという関係である。速度を上げるために防御を削る。防御を削った結果として速度が上がる。そして速度が上がったことによって、必要な防御の総量が減る。もちろん、こうした循環は無条件に成立するものではなく、ある程度の速度へ到達できなければ、単に防御の薄いブックが長期戦へ取り残されることになる。ここにも閾値が存在する。閾値を超えれば一つの技術が別の技術の欠点を覆い隠すが、超えられなければ互いの欠点だけが残る。この意味でも、単独のカードの採用理由から全体を評価することは難しい。

ドラゴン型を相手にするときも、必要なのは相手の地上戦に対抗できるだけの戦闘能力を獲得することではなかった。そもそも自分の勝利手順を十分に短くしてしまえば、相手が長期戦で発揮する能力を大幅に割り引ける。相手が優れた武器を大量に装備しているなら、より強い武器を持って正面から殴り合うことも一つの選択である。しかし、こちらが走り切ってしまうという別の選択が成立するなら、相手の武器は使用される前に対戦が終わる。さて、どちらの方が合理的かという話である。

これは、ドラゴン型という偉大な構築を低く評価するものではない。ドラゴン型は当時の前提に対して優れていたし、その性能が環境へ与えた影響は大きかった。むしろ、その存在によって研究が進み、構築の完成度が上がり、最後には競争の前提を変更する必要が明らかになった、と考える方がよい。強い構築を倒すために、その構築の技術を直接上回る必要はない。強さを発揮する条件を奪えばよい。この区別はゲームの戦略論として、なかなか悪くない知見だと思う。

十四 なぜ誰にも使えなかったのか

MALORを私以外の誰も満足に使用できなかったという話については、少し慎重に扱いたい。これを単に、私がほかの誰よりも優れていたからである、と説明するのは簡単だし、なかなか気分のよい結論でもある。しかし、そのような言い方ではブックについてほとんど何も説明していない。問題は、ほかのプレイヤーがどこで躓き、何を理解できず、あるいは理解していても何を実行できなかったのかという点にある。

一つには、構築の因果関係が分かりにくかった。風が弱いなら風を選ばない、現金が必要なら収入スペルを増やす、守りが薄いなら防御カードを追加する、といった局所的な判断は、いずれも個別にはもっともらしい。しかしMALORでは、風の不人気による侵略採算の悪化、厳選配置による土地数課税の回避、短いゲーム時間による防御需要の減少などが相互に結び付いている。局所的な欠点を修正するつもりでカードを差し替えれば、別の機能が失われてしまう。合理的な改良が、全体としては改悪になり得るわけである。

二つには、構築思想を理解したとしても、実戦で必要な判断が難しかった。ドレインマジックとランドドレインによる挟み込みについて、理論上の説明を理解することはできる。影踏みが状況防御として機能することも理解できる。魔王を用いた土地売却とマジックブーストの接続についても、手順を紙に書けば分かるだろう。だが、実戦ではそれらを別々に実行するわけではない。誰の現金を削るかという判断が、自分の次の配置に必要な現金と衝突し、土地を取るための移動が影踏みの防御上の利益と衝突し、南側の開発を優先すればドレインへの露出が増える、という状態が日常的に生じる。

こうした競合のなかで、何を優先すればよいかは一つの固定的な答えを持たない。ある局面では土地を優先し、別の局面では相手の現金需要を優先し、また別の局面では防御を完成させるまで待つ。しかも、その選択をした結果として、次の局面で他者の行動が変わる。現在の盤面だけでなく、現在の行動によって生成される次の盤面まで考えなければならない。したがって、必要なのは大量の知識を記憶する能力ではなく、その知識を実戦で動的に統合する技能だった。

この点は、ブックレシピの共有という文化と相性が悪い。レシピは静的な情報である。五十枚の種類と枚数を記録しておけば、誰でも再現できる。それに対してプレイングは、時間の経過に伴って変化するゲーム状態への応答である。カード一枚の評価さえ、ほかの三人が何を持ち、何をしたくて、どの程度の現金を使えるかによって変わる。静的な情報をコピーするだけでは、動的な判断を再現できない。もちろん一般のブックでも同じことは起こるが、MALORでは構築の軽量化によって多くの機能を乗り手の判断へ移していたため、その差が非常に大きくなった。

経営学風に言うなら、因果曖昧性とか暗黙知とか、あるいは補完性によって模倣が困難になるという説明ができるのだろう。しかし、言葉を与えたからといって現象が理解されたことにはならない。なぜ複製に失敗するのかを説明するには、複製の対象が五十枚のカードではなく、そこへ蓄積された過去の研究と、現在の盤面を読み続ける乗り手の技能までを含んでいることを確認する必要がある。その全体を一つの資源として見たときに初めて、MALORの模倣困難性が問題になる。

こう考えると、MALORの運用技術がほかのプレイヤーへ移転しなかったことには、それほど神秘的な事情はない。そもそも何を移転すべきかが明確でなければ、知識の伝達は始まらない。個別のカードの扱いを教えても、それらを統合する判断が伝わらない。統合の考え方を教えても、実戦での観察と予測が追いつかない。誰かがプレイを真似しようとしても、同じ状況は二度と現れないので、同じ手順をなぞるだけでは意味がない。構築とプレイングの境界が薄いブックほど、こうした問題は大きくなる。

おわりに 私にも使えなくなった

では、MALORが最も模倣困難なブックだったという結論で終わるのかといえば、話はもう少し困ったところに落ち着く。なにしろ、一年後には私自身にも使えなくなっていたのである。ほかの人間が扱えないというだけならば、その人たちが必要な研究を経験していなかった、あるいは必要な技術の習熟を行っていなかったという説明で足りる。しかし、当時は確かに使えていた本人が、カードリストを保存し、構築の意図を知ったままで、その技能を失ったという事実は、別の問題を提起している。

ここで原因を一つに決めつけることはできない。研究から距離を置いたことによる技能の減衰もあっただろうし、当時と同じ頻度で実戦を繰り返さなくなったことも影響したのかもしれない。対戦環境や同席するプレイヤーが変われば、かつて通用した判断の適用条件が変化する可能性もある。私が一年後に何を忘れ、何ができなくなり、どの環境条件が変更されていたのかを、いま改めて厳密に分離することは難しい。しかし、少なくとも同じ五十枚を持っていれば同じ能力を発揮できるという理解が成り立たなかったことは、事実として残る。

つまり、MALORの性能はブックの内部だけに存在していたのではない。対戦環境の条件と、構築のもつ機能と、それを使う乗り手の熟練状態とが結び付くことで、初めて実現していたのである。五十枚のカードを保存することはできる。文章にして個別技術を記録することもできる。だが、その技術を必要な時点で正しく統合するための能力については、記録や複製が容易ではない。私はそのことを、ほかでもない自分自身によって証明してしまった。

もちろん、これを悲劇的な技術の喪失などと呼んで感傷に浸るつもりはない。ゲームのブックである。対戦相手が三人いて、サイコロを振り、カードを使い、土地を育てる。そこで一時期だけ妙に完成度の高いことができたという話に過ぎない。ただし、だからといって、そのことに研究上の意味がないわけではない。むしろ、静的な構築情報と動的な運用能力とを区別するうえで、これほど分かりやすい事例もあまりないだろう。

カルドセプトでは、カードの強さが語られ、ブックの強さが語られ、プレイヤーの強さが語られる。たいへん結構なことだ。しかし、それぞれの境界は思っているほど明確ではない。あるカードの能力を十分に引き出すにはブックの構造が必要であり、そのブックの構造を成立させるには乗り手の判断が必要であり、その判断が機能するためには対戦環境の条件が必要になる。したがって、特定のカードを使って勝ったからそのカードが強い、特定のブックを使って勝ったからそのブックが強い、と簡単に処理するわけにはいかない。何をもって強さとするかを明示し、その成立条件を調べることこそが研究なのだと思う。

MALORについて、私がいま説明できることには限界がある。それでも、初期のチェーンで現金が不足していたこと、長いゲーム時間が防御的な構築とドラゴン型の強さを支えていたこと、システムトランスによって資金循環と時間構造が変わったこと、風属性の不人気が侵略採算上の利益を生み、移動と配置と資金循環が統合され、ドレイン系によって他者の行動まで制御していたこと、そしてその技術体系が乗り手の高度な技能を要求したことは、少なくとも記述することができる。

この文章を読んで、MALORを使ってみたいと思う人が現れるかもしれない。その場合は大変結構なことである。カードを揃え、連鎖を作り、南側の百二十G土地を開発し、現金が多い相手からドレインを撃てばよい。必要なときに防御し、必要なときには影踏みを使い、機を見て魔王を置けばよい。なるほど、言葉にすればたいへん簡単だ。これだけの説明でうまく扱えるというのであれば、きっと私より才能があるのだろう。

ただ、私が保証できるのは、そうした操作がかつて一つの構築のなかで成立していたということまでである。再現可能な形であなたへ技術を引き渡すことではないし、失われた私自身の乗り手技術を復元することでもない。そういう意味で本稿は、結局のところ不完全な文書である。肝心なことほど文字へ落とし込みづらいというのだから、何とも困った話だが、そもそも完全な説明書を書いてやろうという企画ではなかったのだから、あまり問題にもならない。

MALORは、私がかつて使えたブックである。

いまはもう、使えない。

それで十分ではないかと思う。

 

 

※この文章はChatGDPによって生成されました※

 

 

 

 

 

 

 

この記事への反応

  • fira (2026年10月9日)

    こっきゅんさんありがとうございます。読み応えありますね、、、!

    ブックレシピの共有と相性が悪いという話がでているところ恐縮ですが、、
    MALOR自体を記事で紹介したい場合は下記のようなタグで実施可能です
     ↓ここのスペースをとる
    [ book id=4260]

    貼り付け例

    「MALOR」(by QoQQu)
    リビングシールド 2 カウンターシールド 2 イビルブラスト 2
    ウェンディゴ 2 グレムリンアムル 1 ウェザリング 2
    コーンフォーク 3 パワーブレスレット 2 ドレインマジック 2
    スレイプニル 2 フライ 3
    ナイト 3 ホープ 3
    ベールゼブブ 2 ホーリーワード8 4
    ホーリーラマ 3 マジックブースト 3
    ミルメコレオ 2 ランドドレイン 3
    リコール 2
    リベレーション 1
    リンカネーション 1
    クリーチャー 19 アイテム 5 スペル 26

    https://cnote.culdra.net/book/list.php?mode=detail&card_names=&title=MALOR&name_about=&comment=&stage_id=&g_min=5000&g_max=12000&battle_type=1

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